アンナの毎日

夫frdと猫「まる」との小さな生活の雑記録です。

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frdの生き方

frdが司法試験の勉強をしていると友人達にカミングアウトした時、その反応は面白いくらい2つに分かれた。

A「ようやく地に足がついたと思ったらまたそんな夢みたいなこといってんのか」
B「必ずやり抜いてくれるって期待している。頑張れ!」

の2タイプ。最初はAだったけど時間が経つにつれfrdの真剣さをわかってBに移行した人が圧倒的に多いかな。

そりゃそうだ。なにせ私と結婚するまで万年青春真っ只中だったfrdは、ずっと自由という風に吹かれてあちこち漂流する日々を過ごしていたのだから。
frdの友人たちはそういう生き方を社会人として、大人としては認められないものだと思いながらも、男の生き方としてどこかで羨ましいと思う部分もあった(と思う)。だからfrdにはこのままずーーっと自由人としての生き方を(自分たちの代わりに)まっとうして欲しいと思っていた。
だから、私と結婚してフツーのサラリーマンになってしまったfrdを、かなりの友人達は心のどこかでがっかりしていたんじゃないかな。

しかし、そこはやっぱりfrdのfrdたる所以。
勉強を始めたのは経済的なこと、将来不安などが主な理由ではあるけど、何よりも自分自身の可能性をもう一度試してみたいというfrd本来の冒険意識が動いたのだ。

とはいえ、そういう珍しい展開を理解するにはちょっとばかり精神的な器の大きさを要する。せっかく落ちついたと思ったら今度はそんなことを・・・ってまずはA>Bとなるわけ。

子供が4人いて親の会社で働いているKさんからは、
「frdがまたおかしなこと始めてしまって、全く困った奴ですよね」
と言われた。
沢山いる家族を最も安全な道を選ぶことによって守り、すっかり落ちついて人生が完結してしまっているKさんには多分理解できないでしょう。でも彼がそう思うのも理解はできるし、どちらの生き方がいいとかよくないとかという問題でもないとは思う。

ただ、家族を持ちながらも自分の生き方を模索し続けて、時には飛躍のために多少のリスクも背負いながら挑戦しているカメラマンのSさん。最近、新聞社を退職してフリーになった彼から来た年賀状の
「己に克つ!吉報を待っています」という言葉がとても嬉しかった。

そして徐々にこういう言葉をくれる友人の方が多くなっていった。
今、現に冒険をするしないではなく、心にそういうものを持って生きている人にはきっとfrdの生き方は通じるものがあるのでしょう。

さて2005年、己に克つよ~、frd!!

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甥っ子のほっぺ

弟夫婦からお正月旅行のグアムのお土産が届いた。
勉強疲れのfrdと弱っちぃ私のために大瓶のサプリ3つ。ありがとう!
3才の甥っことも訳のわからない会話を楽しむ。だんだんおしゃべりも達者になってきて可愛い盛り。

離れて住んでいるから滅多に会えない甥っこ。その分ちょっぴり遠慮があったりして。私も小さい子の扱いがあまり得意じゃないというのもあって思いきり仲良しできなかった。でも、この頃はようやく私のことも少し認識してくれるようになって嬉しい。今度また遊びに来てくれたら、プルプルのほっぺに思いきりちゅーしてみようかな♪

frd、午前中に新幹線で出張先から神奈川の実家へ。お義母さんを見舞った後に電話をくれた。お義母さんは、一生懸命話しをしているんだけど、内容がまだちょっとピントがはずれているとのこと。でも、ちゃんとコミュニケーションとれるようになって良かった。私が最後に見舞ったときから見たら、きっとびっくりするくらい回復しているのだろうな。今度会いにいくのが楽しみ。

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優しい時間

以前いた職場で部署は違っていたのだけど、仲良くなったみわちゃん。
去年の春に会社をやめてしばらくフリーの生活。
今日はアルバイトで私の住んでいる街まで来るというので、待ち合わせてランチをした。雪景色の見える大きい窓に向かって座るテーブルがある、癒し系のカフェ。
食事の後、お茶を飲みながら2人で肘をついてぼーっとひととき。

「でもさぁ、アンナ。内情を知らない人から見たらアンナってさ、夫婦2人で気ままで(火の車!)、アンナの実家が近くで夫の実家が遠くて(遠いから今回のお手伝いは大変だった!)、好きなバレエや英語を習って、塾でお小遣い程度のアルバイトしていて(お小遣いじゃなくて生活費!)、パン焼いたりお菓子作ったりしてさ(買ったら高いし!)、時々こんな素敵なカフェでまったりできるなんて(ここ来たの半年ぶりだけど!)、羨ましいと思われる条件沢山持っているよね」

なんて言われる。
まー、全てのことには表裏あるからねぇ。でもそう見えることも真実の面。
確かに、そのことに感謝する気持ちを持たなきゃね、と思う。
そしてそれは、みわちゃんも同じだよね。

窓の外に立っている木の枝から雪がどさどさっと落ちる。

「ねぇ、最近さあ、雪とか雪景色がすごく好きになったんだよね」
「そうそう、私も同じ」
「仕事していた時ってさ、冬の朝なんて暗くて寒くてさ、もうほんとに嫌になるくらいつらかったから、雪の叙情なんて味わってる心のゆとりなかったもん」
「ほんとほんと」
「今やっているドラマの「優しい時間」に出てくる森の中の喫茶店みたいの、
やってみたいなぁ」
「いーよね、私は飲みもの担当、みわちゃんはランチ担当で共同経営なんてどう?あと、小さな平屋の家を建てて畑作ってヤギとロバと犬と猫とニワトリを飼う!」
「いーねー。生活に必要なものはできるだけ自分で作るとかね。洋服なんて全部作っちゃう」
「もう、贅沢なものなんて欲しくないから、そういう生活がしたい。季節の移ろいを五感で感じながらね」

バブル期にさんざ贅沢しながらイケイケバリバリで過ごしていたOL時代の2人には、こんな会話をするようになるなんて夢にも思わなかっただろうね。
私自身、この数年でこれほど価値観や人生観が変わったなんて、今でも信じられないもの。だから人生は面白い、ね!

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チョコレート腹

このとこ太ってきた。体重がどうのというよりも、下っ腹の出具合が尋常じゃないのだ。理由ははっきりしている。

frdの一番上のお兄さん(frdは男3人兄弟)が某チョコレート会社に勤務しているのだけど、神奈川から帰る時に「アンナちゃんご苦労さまー」と言ってダンボールひと箱に入った大量のチョコレートをプレゼントしてくれたのだ。
お菓子の中で一番チョコレートが好きな私は大喜び。1年間に自分でちょこちょこ買う分の何倍も入っていた。

それからというもの、食前に3つぶ、食後のデザートに4つぶ、朝と午後のおやつに5つぶずつ、それ以外に夜食やら口淋しい時やら、とにかく気がつけばいつも口の中にチョコが入っている状態。

うちのおばあちゃんはデブ。ママもデブ。3代目の私が太らない訳ないか。
今は痩せている方だけど、おばあちゃんもママも若い頃は信じられないくらい痩せていたのだ。
ちょっと危機感もたなきゃ、こりゃ本格的にマズイ・・・。
    _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

去年、訳あってお友達のご実家で飼っている猫ちゃんを1週間預かったのだけど、その後、私が寂しがっていると思って、お父様が猫ちゃんの写真を時々送ってくれる。今日もまた何枚か写真が届き、この前はお電話も下さった。話題はもっぱら猫の話し。

お父様はもう猫ちゃんが可愛くて可愛くて、写真を見せて一緒に猫ちゃんの話をしたくて仕方がないのだ。私も猫大好き人間なので楽しい。友達のお父様とは猫仲間、って何だか面白い関係かも。

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frd、着の身着のまま

出張先のfrdからの朝の電話で、
「あのさ・・・靴下が入ってないんだけど。あとパンツも」

「へっ。あ゛ーっ!忘れたかも・・・・」
「え゛っ!」
「ごごご、ごめーん!」

おとといの晩からお腹痛で寝こんでいたのでfrdの今回の出張の準備をきちんとできなかったのだ。ワイシャツは綺麗にたたんで5枚入れた記憶はあるんだけど、そーいえば下着類を入れた覚えがぜんぜんなかった。またまたごめんよー、frd。

一瞬、夜な夜なホテルのバスルームでしこしこパンツ洗うアライグマと化したfrdが頭に浮かんだ。
なんてことは可哀想なので、急遽、出張先ホテルの近くのユニクロへ走ってもらいことなきを得た模様。

お昼、実家のママが俳句会に出席のため留守なので、パパが淋しいだろうと一緒にお昼。
なんか甘いものが食べたいというので一緒にケーキやさんに行き2個ずつケーキを買って食べる。

退職してから教育関係のNPOの仕事をしたり町内会長をしたりそれなりに忙しいパパではあるのだけど、ゴルフも畑仕事もできない冬の間は本当に手持ち無沙汰。
塾以外にもいろいろと活動して季節を問わず外へ出る機会が多いママとは対照的なのだ。この年代の夫婦にありがちなパターンですね。

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乳酸まみれの体

朝起きたら、心配した筋肉痛は大したことなくてこれはイケそう、って安心していたら、来た来た、午後をまわったあたりから。年をとってから、筋肉痛が始まるまでの時間が遅くなっていたのを忘れていた。
うぅ、時間を追うごとにどんどんひどくなってくる。ふくらはぎ、ももの裏からお尻にかけて、腰、背中、上腕、おまけに首!
首なんて、バレエの時以外使わないものね・・・。うぅ、、つらい。

午後、frdが大きな書店(私たちの大好きな書店。文房具、CDなども沢山揃っているので半日くらい、いられちゃう)へ行くというので、「わ、わたしも連れてって~」と言いながらロボットのようにぎこちない動きで(痛いから)frdの後を追って行く。

frdが法律関係の本を見ているあいだ、私はCDコーナーへ行ってあれこれと視聴。ここのは椅子に座ってゆっくりと聴けるので、何だかリラックスして居座ってしまいそう。

買い終わって家に戻ると、何だかお腹がしくしく痛む。
張り切ってまた調子崩れたかなとがっかり。結局2時間半も寝こんでfrdのご飯は作れず。冷凍してあったカレーを食べてもらった。えーん、またまたごめんね、frd。

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バレエのレッスン復帰!この爽快感!

このところずっと朝がつらかったのだけど、2,3日前からウコンのサプリの飲み始めた途端にかなりすっきり起きられるようになった。いろいろなサプリを飲んでいるけど、これだけはっきり効き目がわかるのは珍しい。今の私の体にはウコンが必要なのね(肝臓弱っているのかな??)。

今日の午前中は読書三昧。
なんとなく思い立って漱石の「こころ」を23年振りくらいに読みなおしている。
難しい言葉に線を引いてあったりして懐かしい。

昔読んだ頃は、この小説の語り手である「私」と「先生」の心情を味わっていたのだけど、こうして年数が経って結婚もしている今の立場で読みなおすと、むしろ「先生の奥さん」の立場に立って読んでいることに気がついて面白かった。
そうすると昔とは違った趣があってまたよろしい。
いい本はやっぱり何度も読みなおすものだなと実感。

午後からバレエ。約1ヶ月半ぶりだったのでちょっと不安感じながらも、もう嬉しくて嬉しくて、るんるんとスキップするような気持ちで出かける。
先生は今、怪我をしているので、先生のご主人がかわりに教えて下さっていた。何と言ってもご夫婦揃って元プロダンサーなのだ。かっこいい。
とはいえ、8,9年ぶりに踊るご主人は途中からちょっとしんどそうで気の毒。

あー、でもすっごく楽しかった。久々だからもちろんあまり体は動かなかったけど、素敵な曲(レッスン用の曲は、ロマンチック・バレエの有名なものの中のシーンから取った曲を使っているのでどれもうっとりするくらい素敵なものばかり)に合わせて腕と足を動かし始めた途端、ぱ~っとその世界に入りこんでしまった。

先生はじめレッスン仲間もみんな仲良しばかりで義母のことや私の体をいろいろと心配してくれて嬉しかったし、何よりも、バーの私の場所、センターでの私の場所にまたすっぽりとはまってレッスンができることが嬉しい。
自分の居場所がちゃんとあるっていいものだよね。

1時間半のレッスンの後は、もっとヘロヘロかと思ったけど案外もった。先生からは、今日はお風呂でじっくり筋肉もみほぐすこと、との御達し。
その後は仲間のMちゃんからもらったタイガーバームを擦りこんでストレッチして
から寝る予定。そうしないと、久々に酷使した筋肉は悲鳴を上げて、数日間はひどい筋肉痛に耐えないとならない。レッスンの後のケアは大事なのだ。

来月からはおさらい会の振りつけが始まるし、この数週間の暴食ですっかりたるんだ体を頑張って絞らなきゃ!

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3往復

ずーっと気になっていた、お歳暮のお返し。今日こそ街まで行かなきゃ行かなきゃって思いつつ、何だかんだでこんなに日が経ってしまった。

今日はお天気もよくて暖かいし、片道20分の駅までの距離も苦にならないかも、ってことで準備していざ出発。やる気まんまんである。
駅について切符を買おうと思ってバッグの中を捜すけど・・・・財布がない・・・。がーーーん。こんなこと珍しい。どうしよう。でも戻るしかないか、と放心状態でふらふらと仕方なく家へ向かう。

全く、忘れんぼのfrdには毎朝うるさいくらい、「携帯は?お財布!お弁当!」と叫んでいる私としたことが(frdは私が1つ1つ確かめないと必ず何かしら忘れものをする)。ショックである。

とぼとぼ歩きながら、往復40分近くの道をただ歩くなんて無駄足だなあ、どうせなら夕飯の買物くらいしていくか、って明るく思いなおし、ルンルンとスーパーへ。あちこち見て回ってワゴン一杯に野菜やら何やらを入れてレジの前に並んだ時に、気付いた。・・・・お財布ないんだった・・・・・。がーーーん。

あまりのボケ度にショックで打ちひしがれながらも、近くに店員さんに「すみません、お財布忘れたんで今取りにいく間ここに置かせてくださいっ」
って断って売り場の隅の方へワゴンを置かせてもらって家へ急ぐ。
家に戻ってお財布をわしづかみにしてスーパーで支払いを済ませて荷物を持って帰ると、どっぷりと疲れが。

お昼ごはん食べてちょっと休んで、結局午後3時ころよろよろとまた駅へ。
ようやく電車に乗れてデパートで買物を済ませてやっと家に帰ってきたのは6時だった。
やれやれ。よく歩いた1日だった。
昨日の暴食のカロリー、消費できたのは良しとしよう。

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言葉のサプリ

去年からつけ始めた3年日記。2年目の今年、ようやく3日前からまたつけ始める。書いた後、えーと去年の今日は何してたかな、と思ってすぐ上の段を見ると、ひどい風邪がずっと治らなくて1ヶ月ぶりにバレエに行ったとか書いていて苦笑。2年続けてダウンした年末年始だったか・・・・。

ページをめくっていたら、はらりと紙片が。
読むと、

「種をまかれた場所で花を咲かせる」
「自分で、元気になると決める」

と書いてある。
前にどこかの本から見つけた心に留まった言葉を書き留めたメモ。

これは私にとって深い意味を感じた言葉。
種をまかれた場所で・・・、というのは、運命を諦めてその状況の中でできる努力をするという消極的な意味というよりは、むしろ自分の人生の意味や役割に気付き精一杯自分自身を生きる、というとても積極的な意味だと思っている。

そして、いつも体調が冴えない、弱っちぃ、どうしてなの?って思うのをやめて、そうだ自分で、自分から元気になろうって決めればいいんだ、って元気にすること。

本を読むたびいつもいろんな素敵な言葉に出会ってしまう私。
こういう言葉は全部ノートに書き写しているのだけど、そのときどきで特に心に留めておきたい言葉はこうやって小さくメモして手帳に入れて持ち歩いたりテーブルに置いておいたりして。

いろんな健康食品やら栄養剤も大好きだけど、素敵な言葉は日々を生きるための一番のサプリメントです。
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春おばあちゃんの乳がん

私の実家にいるおばあちゃんが入院した。
92の春おばあちゃんは私よりずっと声が大きくて私よりもはるかに記憶力がいい。昔のことも1週間前のこともついさっきのこともちゃんと覚えていてしかも出し入れがスムーズなのですごい。名前なんて全部フルネームで覚えてるし。

でも去年の暮れくらいから急に弱ってきた。杖をついてもちゃんと歩けない。おばあちゃんのお部屋からご飯を食べるためにダイニングテーブルのところに来るまでに何分もかかっていたので皆心配していた。

足がむくんでひどかったので、いつもかかっている個人病院じゃなくてちょっと遠くの総合病院に連れて行って検査を受けたら、腎臓の働きがかなり弱っているとのこと。それでそのまま入院。

しかもCTの検査の時に、片側のおっぱいに乳癌が見つかったってママが言う。
でも、もう92才だし進行も遅いだろうからおばあちゃんには言わないことにしたのって。

人間、長く生きれば最後はどこか悪くなって亡くなるのだろうし、確かにおばあちゃんはもう92才だけど、癌だと聞いて、しかもそれが乳癌だっていうことが
悲しかった。

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雪道を歩きながら

今朝はfrdに久しぶりのお弁当を作るぞ、と思って張りきっていたら、先週の土曜日まで出張だったから今日は会社休んで勉強するとのこと。早く言ってよね。

午前中、よーし歩くぞ!と思って銀行、郵便局、スーパー、本屋さんめぐりで約1時間半の外出。思ったより体力がもったので嬉しい。

遅れ馳せながら今年の新しい手帳を買う。ようやく今年のことを考えられる余裕ができた。リセット、リセット。
手帳はスモーキーピンクのラブリーなやつ。いくつになってもこういうのが好きな私は少女の干物(笑)。たぶんおばあちゃんになっても花柄とかピンクとかレースに憧れ続ける自信がある。さすがにそういうのを洋服には選ばないけどね。

外は本当に真っ白な雪景色。私が住んでいるところは近くに原始林があるので空気も澄んでいて「しん」とした感じがする。陸橋になった遊歩道を歩くと遠くに雪を被った山々が見える。寒いけれど、私の大好きな北海道の冬。

毎年冬に雪の中を歩きながらいつも考えてしまうのは、ろくな防寒着も暖かい家もいい暖房もなかった開拓時代の人々は寒かったろうななんていうこと。
私がもし開拓民の妻だったら間違いなく寒さで死んじゃうだろうな・・・・。

道の途中の枯れ木の枝に藪スズメが沢山とまっていた。お腹が白くてぱんぱんに膨らんで丸くなっていて可愛くて、ちょっと可笑しい。寒いのか、遠慮がちにちゅんちゅん鳴いているのがまた可愛い。

驚いて飛び立ってしまわないように、そろそろと静かに脇を歩く。

ふとこの間、お義母さんが言っていた、「生きているだけで儲けもんよ」という言葉を思い出す。今ここに生きていていろいろなことを感じられることがただシンプルに有り難いという気持ち、忘れないで日々生活していきたいとしみじみ思いながら藪スズメたちを眺める。

お義母さん、良くなってね。

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frd、必死

11日振りにスーパーでゆっくり買物をする。風邪はほぼ抜けたから、あとは毎日歩いて筋力をつけないと。来週こそはバレエレッスン復帰したいな。

frdはこの1ヶ月の遅れを取り戻すべく鬼気迫る感じで勉強している。
「択一の前と論文試験の前に1ヶ月くらい、給料減らしてもらって会社休むかもしれないから」
小さい会社でみんな事情を理解してくれているからこそできること。

「その間、どうやって食べて行こうかね」
「草を採って来て食べるかね」
「粗食でダイエットできてちょうどいいかもね」

冗談言いながらじゃなきゃやってらんない、お尻に火がついた経済状態。
積立貯金、もう1本崩さなきゃな・・・・・。

病院のお義母さん、まだ反応が鈍く表情も出ない状態とのこと。
「俺が試験に受かったことを理解して喜んでくれるくらいまで回復して欲しい・・・・」
frdがつぶやく。
気持ち、痛いくらいわかるよ、frd。
いくつになっても、子供は親に認めてもらいたいし褒めてほしい。
親に誇りに思ってもらいたい。そして安心させてあげたいんだよね。

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frd、帰る

今日はまだ自信がないのでバレエはお休み。この1ヶ月ですっかり筋肉が落ちてしまっているので、いきなりレッスンしたら多分全身ひどい筋肉痛になって動けなくなることははっきりしている。バレエはそのくらいハードなのだ。

frd、出張から午後戻る。昨日はホテルで夜中の2時まで勉強して、今日は早朝5時出発だったらしく疲れた顔。帰るなり2時間もお昼寝した。お疲れ様でした。

夜は、先月からずーーっと冷凍庫で寝ていた伊賀牛を取り出して豪華ステーキに。シンプルに塩コショウで焼いて、人参を甘く煮てバターでソテーして、大根のさっぱりサラダをどっさり作って食べた。満足。

frdと何でもない会話をしながら何でもなく過ごす。嬉しい。

食後は久しぶりにピアノを弾いたりして。ピアノの音ってやっぱり癒されるなあとうっとりしながら弾く。
毎年年頭の誓いで、「今年はもっとピアノを練習する」というのがあるのだけど、
全然守れない私。弾きかじりの曲ばかりだからそろそろ1曲くらい仕上げたいなと思うのだけど。

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塾の授業再開

この数日で大量の洗濯物、アイロンがけ、部屋の整理は大まかにできた。体力落ちていたので少しやってはひーひー言いながら休み休み。

見た目は一応綺麗になったので、さて、これからようやく大掃除ができるかな。ガラス磨き、照明の傘の掃除、細かいところの拭き掃除、ガスレンジ、冷蔵庫の中、本棚の中、押入れの中、絨毯のクリーニング、いろいろやりたいところが沢山。
ま、無理せず毎日少しずつやるとするか・・・。

勉強の方もさっぱり。何だかやる気になれなくて。でもそろそろ再開しないとマズそう。勉強会のメンバーにも遅れを取ったしなぁ。

塾の方は今日から再開。ママにまかせっきりだったからさすがに申し訳なくて。

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frd、また出かけちゃうのか・・・

frd、今日から土曜までまた出張。私もようやく起きていられるくらいに回復したけど、少し不安。いやそれ以上に淋しい。考えてみたら先月からずっと、出張以外は神奈川と北海道で別々だったし、frdと一緒にいる日数はほんの少しだった。

まだゲボゲボ咳をしながら玄関のところでfrdを見送る。

さて、この数日で大量の洗濯物と格闘、部屋の片付けもしなければ。
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お義母さんの忍者姿

夜中にfrdの大きな声で起こされた。
「何するんだよぅ!痛いじゃないかっ。やめろよぅ」
あーまたうなされてるぅ、やれやれ、と思いながらfrdを起こす。

もう毎度のことなので「今回は何事が起こったんですか」と訊くと、
「勉強をしていたら母さんがやってきて、俺の右腕をのこぎりで切ろうとした」
っていう。そして「なぜか母さんは忍者の格好をしていた」
らしい。

笑ったけど、納得の行く内容かなとも思う。
今回のお母さんのことで当然frdも全然勉強が手につかず、かなり焦っている気持ちがそのまま夢になったんだろう。
それにしても忍者の格好というのは・・・・・?
お義母さんの忍者姿、想像したらなんだかおかしかった。でも本当にそんなに機敏に動けるようになれたらどんなにいいだろう。

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お義父さんたら・・・

チケットを買って去年から楽しみにしていた五嶋みどりのリサイタルも行けなかった。高かったのに・・・・(泣)。

熱も下がってないし食欲もないのに、山のような洗濯ものが気になってちょびちょびと起きて洗濯など始める。

お義母さんの状態を知りたいけどこちらからあまり電話したらまたお義父さんが嫌がると思って遠慮していたら、電話がかかってきた。
なんと昨日1人で車で病院に行き、駐車場で他の車にぶつけてしまったとのこと。さっそくだ・・・・・。
さすがにお義父さんも明日から電車で行くよ、と言っていたけど。これから諸々のこと、大丈夫なんだろうか。
いろいろ考えたらまた熱があがってきそうで横になった。

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疲れがどっと・・・

帰ってみるとアパートは・・・ゴミ屋敷のようであった(激泣)。
しばらくfrdが1人でいたから大体覚悟はできていたけど、水周りは汚れているし、あちこち散らかり放題、空気もどよどよしている。おまけに植木類がほとんど枯れている。これはアンナママに水やりを頼んでいたんだけど、ママも年末忙しくてこられなかったらしい。仕方がないね。

しかしただでさえ疲れきっているのに、散らかった部屋の中で洗濯物の山とゴミ類と枯れた植物に囲まれていては、私の生気もどんどん失われていく~。
と思っていたらほんとに熱を出してダウンする。

昨日、神奈川の家を出る時からなんとなく喉が痛かったので嫌な予感はしていたのだけど・・・・。飛行機の中の乾燥も駄目押しだったかも。

こんなときでもfrdにはいつものことながらご飯作りや片付けなどはさせない。2人ともつらいけど仕方ないのだ。やってあげたいけどする余裕なく机に向かっているfrdの方がもっとつらいだろう。

お買物だけは車で行ってくれるので、すぐに食べられるレトルトのおかゆや野菜ジュースなどを大量に買ってきてもらう。

鼻の粘膜がやられてしまって、さらに部屋の埃も手伝って鼻で全く息が出来ない状態ではーはーため息つきながらゴミに埋もれてひたすら寝る・・・・。

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北海道へ帰る

いよいよ北海道へ帰る朝。寝ていた部屋に掃除機をかけて最後の荷造りをしていたところに、Tさんの小母さんから電話。
「アンナちゃん、今日帰るの?だったら今からちょっと会いに行くから待ってて!」

小母さんはすぐ近所に住んでいて、frdの実家とはもう40年以上の付き合い。お義母さんとはまるで姉妹のように仲良く、いつも何だかんだと助け合って来た仲なのだ。今回のお義母さんのことでもたいそう心配してくれて、何度も様子を訊きに訪ねて来てくれていた。

2,3分後、つっかけ履いた小母さんがゼイゼイとやって来て、私の手を握り、
「今回は本当にありがとう、ありがとう。私はお義母さんに長い間随分とよくしてもらったのに私も年で何も助けになれなかった。アンナちゃんがいてくれて本当に助かった。3人兄弟の中でfrdちゃんは赤ちゃんのころから小母さんは一番可愛がったのよ。そのfrdちゃんにアンナちゃんみたいなお嫁さんが来てくれてほんとによかった」

と言いながら涙を流すので私も思わず泣いてしまう。
そして封筒を私に握らせて「手紙が入っているから後で読んで」

お義父さんが駅まで車で送ってくれる。
「じゃあお義父さん、また来るからね」
「どうも有難うね」
お義父さんも心なしか晴れ晴れした表情。やっぱりこの辺で限界だったよね。長々とごめんね。お義父さん。

とりあえず第一段階は終わった、という気持ちでスーツケースをよろよろ抱えて北海道へ。

飛行機の中で小母さんから渡された封筒を開けたら、やっぱりお金が入っていた。
感謝の手紙と一緒に。血が繋がった小母さんじゃないのに、こんなに感謝してもらって・・・・。
「お義母さんが良くなったら、ちゃんとアンナちゃんのことを伝えるからね」って。また涙が出る。

誰かに誉めてもらいたいと思っていた訳じゃなくても、お義父さんにうっとうしがられたことで気持ちがどこか固くなっていた。でも、近くでちゃんと見ていてくれた人がいたということでこんなに気持ちが救われるとは思っていなかった。
小母さん、こちらこそ有難う。

千歳空港へ到着。一面懐かしい雪景色。身が引き締まる寒さ。
電車を降りるとfrdが迎えに来てくれていた。

さて、20日振りのアパートに戻ってみるとそこは・・・・・。

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富士山の祝福

今日はfrdが先に帰る日。一緒に帰りたかったのだけど、私がツアーでチケットを取っていたので、1日遅く帰ることに。

2階からお義父さんが降りてきて
「2階のベランダから富士山が見えるよ」
って言うので、frdと一緒に2階に上がる。
ベランダへ出てみると、快晴の青い空に白く霞みがかった雄大な富士山がそびえていた。
「うわぁーっ、綺麗だねー!」
ちょっと寒いけど清清しい空気を吸いながら、たぶんとびきりの笑顔で見つめていた私。
「富士山は日本が誇る山だからね」
後ろを見るとお義父さんがニコニコしながら立っていた。
ほんとだね。富士山が全てを祝福して励ましてくれているような気持ちになる。
お義父さんと一緒に年初めの富士山を見られてよかったよ。ありがとう。

frdが家を出た後、お義父さんと病院へ行く。
病室へ行くと看護士さんがお義母さんに話しかけている。目は開いているようだ。
「はい、じゃあ右手でチョキできるかな?」
するとすかさずはっきりと、
右手で「チョキ!!」
ええぇっ!お義母さん、チョキできるの?!と思わずお義父さんと駆け寄ったら、
看護士さんが事も無げに「えぇ、できますよ。チョキでもパーでも。こっちの言うことはみんなわかってますから」
よかったー。こちらの話すことがちゃんと伝わっているんだね、とお義父さんと大喜び。

その後、嬉しくてしつこいくらいお義母さんに「チョキしてみて、チョキ!」と繰り返しやってもらっているうちにうるさくなったのか途中から聞えないふりされてしまった(笑)。ごめん、お義母さん。

夜、お義父さんと2人でご飯。明日私が帰るので「今日は最後の晩餐だなあ」と言いながらお義父さんがお酒を注いでくれて静かに乾杯。
「お義母さんが倒れて20日経って大分落ちついたけど、お義父さんはどう?」と聞いたら、「もう大丈夫。いろいろと済まなかったね。本当にどうも有り難う」と言ってくれてちょっと泣きそうになる。
元旦に短気を起こして帰らなくて良かった。最後のこの数日間こそ私にとって沢山のご褒美が与えられたのだから。

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なんとか明けて・・・

無事にお正月を迎えられたせいか、お義父さんの様子が落ちついてきて表情ももとのお義父さんみたいに穏やかになってきた。
私はお正月の支度だけしたら本気で帰ろうかとも思ったけれど、こうしてみるとやっぱり短気を起こしてはいけないような気がして静かに内省してみることにする。

朝はお雑煮とお屠蘇をみんなで頂く。
静かなお正月。
お義父さんは今度は年賀状のお返事書きに没頭。

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