アンナの毎日

夫frdと猫「まる」との小さな生活の雑記録です。

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そして年越し

昨日のことがあってから私は努めて普通にしていたのだけど、お義父さんの表情にも「しまったな」という雰囲気があって、やっぱりぎくしゃくした感じ。

昨日の晩は、frdに泣きながら
「明日の元旦に、キャンセル待ちでもいいからとにかく北海道に帰る!こんな時だからお義父さんを責める気はないけど、私の神経と体がもたないから」
と言って困らせてしまった。

今日はお昼からお正月のお料理作り。お義父さんも何品か作るというので一緒に台所に立つ。いつもお義母さんが作っていたという味付けに近い感じで、栗金団、筑前煮、紅白なます、お雑煮などを作り、お義母さんが注文しておいてくれた数の子、ローストビーフ、蟹、お刺身盛り合わせなどと一緒に大皿に綺麗に盛り合わせる。

テーブルに一斉に並べるとすばらしく豪華。
華やかなお膳を見たお義父さんがようやく少しほっとした穏やかな顔になった。

お部屋の中もすっかりお掃除してすっきりしているし、ご馳走も出来たし、こういう気持ちの落ちつかない時であっても、これで少しでも晴れ晴れとした明るい気持ちで新しい年を迎えられるかな、と私も嬉しい。

お義父さん、お義兄さん、frdと皆で席について、静かに乾杯。
いつもぶっきらぼうであまり話しもしないお義兄さんが、「今年はお正月ができないと思っていたけど、これで何とか迎えられるなぁ」とつぶやくように言ってくれたのがとても嬉しかった。おまけに、デジカメでお膳の料理や、皆の様子をばしばし写し始める。

この時はお母さんがいなくて大変だったけど、留守の家族みんなでこんなに立派にお正月を迎えたよ、ってお義母さんにきっと話せる時が来ることを祈って、また乾杯!

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矛先がとうとう・・・

毎日病院へ通っているのに、お義母さんの状態にその後も目立った変化はない。
目をうっすら開いていることもあるけど、すぐにまた眠ってしまうし反応も薄い。
お義父さんは今日も朝からイライラ。

それは直接私に向けられたものではなかったのかもしれないのだけど、台所で何かやっていたお義父さんのところに近づいて行った私に振り向いたとたん、

「今日のfrdたちの予定はどうなってるんだ。皆で病院に行くのか行かないのか。僕は僕でいろいろ予定があるのにペースが狂って仕方ない!もう、帰って欲しいよ、ほんとに!!」

と怒鳴られてしまった。
このところ年末に向かってお義父さんは一層イライラが強くなっていた。お正月を迎える準備もあるし大掃除もあるし、あれもこれもあるし、っていう感じで。そんな、大掃除もお正月の支度も私がやるよ、と言っているのだけどお義父さんの目はもう焦点が定まっていなかった。

こんな時なんだから、本当はきっちりした大掃除だってお正月の支度だってやらなくたって誰も何も文句いわないでしょうに・・・。第一、体も気持ちもそんなゆとりがない。

お義父さんの言葉を受けてショックの放心状態でfrdがいる寝室へふらふらと行く。
呆然とした私の顔を見てfrdが「どうした?」と言って訳を話すと、frdは泣きそうな顔で「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。

お義父さんは今、普通の状態じゃないんだ。私は冷静に、大きい気持ちで受けとめなくちゃ、って思いつつも心の中にわさわさと嵐が起こる。

その日はfrd、お義父さん、お義兄さんの3人で病院で行ってもらった。ぽつんと残ったとたん、泣けて泣けて止まらなくなる。

でもいつまでも泣いていても仕方がない。思い立って大掃除を始める。部屋中のカーテンを洗ってガラスを磨いて、拭き掃除して・・・4時間ほど無心に体を動かしていると少し気持ちも落ち着いてきた。部屋も綺麗になってきたし。
お義父さんが帰ってきたら、普通にしていよう。顔がちょっとこわばっちゃうかもしれないけれど・・・・。

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frd、来る

今日、出張先の滋賀から新幹線でfrdがこちらに来ることに。先にお義母さんを見舞うので、お義父さんと私と病院でfrdと合流することになった。

新幹線を降りた後frdから連絡があり、これから食事をとって買物をしてから病院へ行くとのこと。ところが、お義父さんはfrdがまず家に来ると勘違いしていたようで(私、ちゃんと説明したのだけど)病院に向かうfrdからの電話をとった途端に「何をやっているんだ!!」って怒鳴り始めてびっくり。

私があわあわと説明して少し納まったけど、これはお義父さんかなり来ているかも・・・。一度電話を切ったfrdにもう一度私が電話すると、frdは「な、なんだよぅ、今の・・・・」って半べそかいている。せっかく出張先からやってきたのに、frdが可愛そう。

それでも何とかとりなしてお義父さんと車で病院に向かう。まだカッカ来ているので事故でも起こしたら大変と、ナビをしながら一生懸命、昔話しを聞いたり、一緒に歌を歌ったりして明るく盛り立てる。
お義父さんも機嫌を直してくれて無事病院到着。frdと合流。

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家捜し終了

ずっと探しつづけていた重要書類・・・預金通帳、印鑑、保険証券などなど、がようやく見つかったらしい。お義父さんは嬉々として2階から降りてきた。やれやれお疲れ様でした。

僕も持病あるし高齢だしいつ何があるかわからないから、アンナちゃんにこれらのものの在り処を知っておいてもらおう、と言って場所を教えてくれる。
確かに覚えておきます、って言ったらお義父さんは「あー、これでホッとしたよ」と笑う。

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お義母さんからのクリスマスプレゼント

昨日は意識が戻ったから今日はさらにもっとクリアに・・・・と期待するのが身内の気持ち。
今日は一緒に住んでいるお義兄さんの車で病院へ。
お義父さんとうきうきしながら病院の階段を上がる。
さて病室に入りお義母さんを見ると・・・。

ほとんど目を開けずにまた数日前に逆戻りしたような状態。
3歩進んで2歩下がる。病気の回復なんてそんなものなのだろうけど、毎日不安な気持ちで見守る身内にはその遅々とした状況がつらい。

昨日の喜び様はどこへやら。お義父さんはまたもイライラしはじめた。
お見舞いに来た親戚が待合で待っているとお義兄さんから聞いたお義父さんは、
病院の廊下でいきなり怒鳴り始めた。
「こんな時に来てもらっても困るんだよ!僕は会わないっ!」
お義兄さんと一緒にまぁまぁという感じでなだめて、何とか会ってもらう。

お義父さんの気持ちもよくわかる。
余裕がない一番大変な時期の身内にとっては、お見舞いに来てもらうことは本当は有りがたくないことだということは、身内の側に立って初めてよく理解できた感じがする。

ところで、お義母さんがお正月用にいろんなものを生協に注文していたことがわかったので、年末までに何回か引取りにいかなければならない。
実はクリスマスのケーキもホールで注文していたけど、誰も食べる人がいないので「アンナちゃんに丸ごと全部あげるから1人で食べていいよ」
って、お義兄さんとお義父さんに言われて大喜びした。
子供のころから、1度でいいから大きなケーキを丸ごと1人で全部食べたい、っていう夢がこんな時に叶うなんて思ってもみなかった。
1日45度ピースずつ4日で食べきる予定(笑)。

誰も食べないからこんなケーキなんていつも買わないのに、今年は一体、母さんどういうつもりだったんだろう・・・ってお義父さんとお義兄さんが不思議がる。
まさか、こうなることを想定してアンナちゃんに食べてもらおうと思ったんじゃないだろうなって言うけど。本当はどうしてなの?お義母さん。

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お義父さんの正夢

朝、お義父さんが起きてきて私の顔を見るなり、
「昨日の夜、お母さんが目を覚ます夢をみたんだよなぁ」
と言うので、
「クリスマス・イブに見た夢だから、それはきっと正夢になるよ!お義父さん」
と盛り立てる。

本当はもう1日病院通いをお休みさせてもらいたかったけど、お義父さんが車で行きたいと言うので一緒に行く。お義父さんは片目が白内障、もう片目も緑内障で、数メートル先の車のバックナンバーが読めず、赤信号の下の矢印表示が見えないので(怖!)隣でナビをしてあげないといけないのだ。今まではその役をずっとお義母さんがやっていた。私が帰ったらもうしばらく1人で車を運転できないね、お義父さん・・・・。

病院に向かう車の中で、「お義母さんはいつ目を覚ますんだろうなぁ・・・」
とお義父さん。
「私の知合いで、事故で頭を打って50日間も意識不明だったのに今はすっかり元気でいる人もいるのよ。大丈夫。手術は成功したんだし、お義母さんは必ず良くなるって私は信じているよ」
と励ますも、どよどよどよ~っとした先の見えない重苦しい雰囲気が漂う。
一生懸命、昔話やら別の話題を振る私。

いつものとおり3階の病室までの階段を、膝を押さえながらゆっくり上るお義父さんの後ろからついていく。
お義母さんの病室の前に来て、開いた入り口からお義母さんの方を見ると、な、なんと、お義母さんが目を開いているでは!!

「ああぁっ!」っと叫んでお義父さんと一緒にかけより、お母さんの手を握って2人でおいおいと泣く。
お義母さんはまだぼんやりとしているけれど、間違いなくこちらの方をちゃんと見ていいる。
しかもお義父さんが声をかけると、それに答えて軽く頷くのだ。
「この日を待ってたんだよぅ・・・」と言いながらさめざめと嬉し泣きするお義父さん。よかった・・・・。

行きと反対に帰りの車の中のお義父さんと私はもうルンルンで古い唱歌なんか一緒に歌ったりして帰路につく。

晩ご飯で、昨日よりずっと大きく乾杯。
イブの夢は本当に正夢だった。

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祈りの夜

午前中、急いで朝食の後片付けやらばたばた動いていたら、玄関からお義父さんの声。「アンナちゃーん、frdから速達が来てるよ。アンナちゃん宛だ」
えー?なになに?って受けとって中を開けると、綺麗なクリスマスカードが入っていた。frdったら、こんなバタバタと落ちつかない時にわざわざカードを買い行って送ってくれたんだ。

その文面。

「アンナにはいつも感謝しているけど、今回のことは何と言っていいかわからない程ありがたく思っています。
なかなか遊びにも行けず、まあ、あと1年とは言え辛抱ばかりさせているのに、新しい服もなかなか買えない、アンナの人生で貧乏のピークにあると言うのに、文句も言わず、長沼(にあるfrdとよく行く喫茶店)でお茶を飲むだけで満足して、いつも前向きなアンナのおかげで、俺の人生はこの5年間が最高に充実した時になっているし、アンナと一緒にいる限り続くのだと確信を持って言えるよ。
アンナと結婚して、人間の「格」と言うものがあるのなら、明らかに1つ2つ上のステージに上がったと思う。アンナの影響で。ほんとにありがとう。メリークリスマス。frd」

こんなこと言ってもらえて、妻冥利に尽きます、frd。私こそありがとう。読みながらごしごし涙を拭く私。
私のほうこそいつも私の実家の両親によくしてもらって感謝しています。こんな時くらいお返しができないとね。

それにしても「まあ、あと1年とは言え・・・・」って、かなりの自信??
そう言って自分に逆にプレッシャーをかけているのかもしれないけど(笑)。

でもfrdと別々に過ごすクリスマスは初めて。雪国育ちの私が雪のないクリスマスを過ごすのも初めて。今夜はお義父さんと2人でささやかなご馳走をテーブルに並べて、聖歌を歌う。お義父さんは3代続くクリスチャンなのだ。
お義母さんが無事回復しますように、とお義父さんと小さく乾杯。
静かな、本当に聖なる祈りの夜だった。
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お義父さん、キレ始める

毎日病院へ通っていても、お義母さんの意識はまだ戻らない。
お義父さんはそろそろ疲れと焦りで怒りっぽくなってきた。
何本もかかってくる、お義母さんの容体を心配する方たちからの電話に、とうとう今日キレた。

回復しているという変化があれば説明するのもおっくうじゃないのだろうけど、毎日ちっとも変わらない状態を毎日何人もの人に同じことを説明するのがつらくてもう我慢できなくなったのだ。

心配して北海道から電話してきたfrdにも怒鳴る。
完璧に、自分の感情を制御する余裕がなくなっている。

お義兄さん(同居している独身の義兄)と私はもう腫れ物にさわるような感じでおろおろ。なだめたりすかしたり。

家のこと一切をやっていたお義母さん。
当然、預金通帳、保険の証券やら何やら、どこにあるのか全然わからない。
お義父さんはこの数日、部屋中を片っ端から家捜ししている。

お見舞い金を頂くのもすごく嫌がる。
誰からいくら頂いたかをチェックして後でお返しをしなくちゃならないのに、そんなことに心を砕く余裕もなにもないのだ。

今のお義父さんの立場がもしお義母さんだったら、多分いろいろと違っていただろうな。男の人が、特に高齢になって1人で残された時のパニックとうろたえぶりは見ていて本当につらい。

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疲れとこりでガキガキ

いろいろ迷ったけれど、お義父さんを1人にしておけないというのと、お義母さんの状態の目鼻がつくまでということで、お正月明けまでこちらにいることに決めた。

とりあえず3,4日分の着替えしか持って来ていないので、北海道のアパートに戻ったfrdに追加の洋服、化粧品、NHKの英会話テキストとCD(できるかわからないけど一応・・・)を送ってもらうよう頼む。

今日はお義姉さんが行ってくれるというので、病院はお休みにさせてもらう。長丁場になるのだからお義父さんも少し休んだ方がいいのに、「僕の妻だから、とにかく毎日通う!」と言ってきかない。糖尿やら心臓やらいろいろ持病かかえているのだからほんとは無理して欲しくないのだけど。これでお義父さんまで入院しちゃったらもう私たちお手上げだよ・・・。 

お義父さんが出かけたあと、買物へ。frdから荷物が届くまでのつなぎで、商店街の店で下着やパジャマを購入。一度荷物を置きに帰る。
この数日の疲れとコリが最高潮に来ていてかなりマズイ状態。frdの小学校の幼馴染がやっている治療院の場所を教えてもらっていたので、かけこむ。

「いやぁ~、ひっどいですねー」
もともと凝り性の私はマッサージ師から「ひどい」と言われるのはいつものことだけど、何度言われてもやっぱりその都度ショックを受ける。
「やっぱりそんなにひどいか・・・・」
と、疲れが倍増する気分で、それでもよだれを流しながら40分のマッサージを受ける。

少しだけ軽くなった体で急いで帰るともうお義父さんが戻っていた。
今日もまだお義母さんに変化なしとのこと。
お義父さんを励ましながらいそいで夕食の支度。

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frd、先に北海道に帰る

frd、仕事があるので午前中に北海道へ帰る。
私はもう少し残って状況を見てから帰る日を決めることにする。
お義母さんがまだ目を覚まさない状況で帰るのはfrdも心残りだと思うけど、毎日その日のことを報告するから、と送り出す。

お義父さんもお義母さんが倒れてからほとんどちゃんと食事らしい食事をしていなかったから、お義母さんがまだこんな状態で1人になったらまた適当にしてしまうだろうし、今は却って持病を抱えたお義父さんの体の方が心配。

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毎日がゴミ収集日

神奈川のfrdの実家があるこの地区ではゴミ収集日が週に4日もある。しかも細かい!収集時間が早い!アンナが住んでいる街では週に2日だけ。分別も割りと大雑把で時間もゆったり。それになれていたアンナは毎朝目が覚めると同時に「はっ!!今日は何の日っ?可燃?瓶、缶、ペット?」と叫びながらがばと起きる。

こちらの朝はほんとに寒い。北海道の家とは作りも違うし(たぶん夏に基準を置いた作りなんだろうね)ストーブも小さくて頼りないし、部屋の中をあまり温めない。frdの家もかなり古くて、廊下や洗面所の寒さって言ったらまるで「これは外?」っていうくらいのもの。

起きて急いで部屋中のカーテンを開けてストーブをつけ(私にあわせてストーブの温度設定をこっそり高くしておく)新聞と牛乳をとり、ざっと洗顔と身繕いだけ済ませたらすぐにゴミ捨て。

分別・資源ゴミの日は町内会から持ち回りの監視(?)の人がいて(こわそうなおじさんだった)見まわっているので、挨拶をした後、緊張しながら1個1個指定の網袋の中に正しいものを入れて行く。

私が帰った後、お義父さん、ちゃんとゴミ出しできるだろうか・・・・。朝8時ほぼきっかりに回収車が来てしまうので、朝が遅いお義父さんにはつらいかも。分別の仕方もよくわかっていないので、分別内容と収集日を紙に書いて壁に張っておこうと思う。それと各ゴミ別のダンボールの簡易ゴミ箱のようなものも作っておこう。その他の家の中のことも、私が帰る前にあれこれ説明しておいてあげないと。

男の人(しかも高齢)が1人家に残るというのはつくづく基本的なことから大変なのだ。

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痛々しい姿

結局4時間くらいしか眠れずに起きて、一応最後のメールチェック。
英会話教室の先生からのメール。

「お嫁さんの真価が問われる時ですね。頑張ってください」

って励ましの気持ちはありがたいけど、読まなきゃよかった・・・。
いろんなことを考えてプレッシャーに拍車がかかり心臓がバクバクしてきた。

神奈川の実家に到着したらfrdだけ待っていてくれる。
荷物を置いてすぐに車で病院へ向かう。
気がつくと朝から何にも食べていなかった私は気が狂いそう。どんな時でも食べないと心と体がもたない私は、こんな時にも「ごはん、先にごはん、どこかでごはん」と、運転しているfrdをせかす。我ながら卑しいとも思うけど、いやこんな時だからまず食べておかなきゃっていう危機本能が働くのだ。

結局、病院の隣にあるおそばやさんでざばざばーっとかきこんで、すぐにお義母さんの病室へかけこむ。

想像はしていたけど、痛々しいお義母さんの姿。
手術した頭には大きなガーゼ。点滴のつながった腕、道尿の管、酸素吸入器をつけた下で大きく口が開きイビキをかいている。
オムツをあてられた下半身が露出していたので急いでお布団をかける。
これがつい3日前に元気な声で電話してきたお義母さんの姿だとは信じられなかった。

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お義母さん手術

frdは出張先の滋賀から神奈川の実家へ朝一の新幹線で向かい、お義父さんたちと一緒に病院へ行った。私はとりあえず家で連絡待ち。

お義母さんの診断はクモ膜下出血。お義父さん、frd、frdの2人のお兄さんとお義姉さん、伯母さんたちが見守るなか午後から手術に入る。

frdからの連絡を待ちながら私はそわそわ。とりあえず明日の飛行機のチケットをとり、しばらく留守にするかもしれないのでバレエの先生とバレエ友達、英会話教室の先生、勉強会の仲間たち、その他頻繁に連絡をとっている友達等に電話&メール。

ご飯も食べる気になれずに待って5時間後、frdから電話。ようやく手術が終わり無事済んだこと、出血部分が右脳で、思ったよりも範囲が狭かったことなどを聞いてホッとする。

明日は朝早く家を出るので、家中のことをざっと済ませて荷造り、早めにベッドに入ったけど色んなことをあれこれ考えてしまい全然寝つけなかった。

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晴天のへきれき

夕方、めずらしくfrdのお父さんから電話が入る。いつもお母さんから電話がくるので、最初からお父さんというのは珍しく、しかも何だか重くくぐもったような声だったので初めは誰だかわからなかった。
「あ、アンナちゃんかい」「・・・・・あー、お父さん、びっくりしちゃったー。どうしたの」「実はいい話しじゃなくて・・・・お母さんが倒れちゃったんだ」「えっ!・・・・」
そのあとは何を聞いてどうやって電話を切ったか覚えていないけど、とりあえずすくにfrdに連絡をとり、震える声で伝える。frdは落ちついていたけど、明らかに動揺を感じる。
さて、これから私は何をするべきなのか。

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夫婦で勉強会

昨日は欲張ってノルマを沢山書き出しすぎた割にのんびりしてしまったけど、最後のドン詰まり4時間ほどの頑張り様は我ながら満足。

最近frdは居間のダイニングテーブルで私と向かい合って勉強することが多い。奥の部屋は構造上、壁の3面が他の部屋の壁と接していないのでめちゃくちゃ寒いのだ。

前は、frdが居間にいるとテレビも見られないし音を立てないよう気を使うから向こうで勉強して!と訴えていたけど、こういろいろと状況が切羽詰まってくると暖房費も節約になるし(frdの部屋の暖房はいらないので)、私も勉強をしているから一緒にできていい。おしゃべりしなくても、一緒に勉強しているだけども何となくコミュニケーションとれてる気もするし。

12時過ぎてさあそろそろ寝ましょうとベッドに入るけど2人とも目がランランと冴えてしまった。どちらともなく「ちょっと一杯やりますか」っていうことで、もそもそとベッドから這い出して冷蔵庫を開けていそいそとつまみとお酒を用意する。

あーだねこーだねと1時間ばかりおしゃべりしたら、いい感じのほろ酔い具合になってきたのでベッドに潜りこむと2人ともすぐに寝入ってしまった。今日も1日完結。

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一日の成果

昨日、風邪ひき後数日振りに外出した。ぼさぼさの髪に大きなマスクをして重い買物のキャリーをずるずる引きずって歩いていたら、そんな時に限って友達と2人も遭遇。大丈夫~?と同情される。

高校生の女の子の勉強をまた頼まれ、考え中。もう一人の男の子とはレベルが違いすぎるから個人レッスンになるので、さらに時間の負担が増える。
自分の勉強も遅々として進まず焦っているので、ちょっとしばらくの間はこれ以上無理かなあと思うのと、お月謝と自分の勉強にもなるから無理してでも頑張るか、の間で揺れているこの頃。
でも将来はやっぱり高校生を専門に教えたいなあ。

私は時間の使い方がヘタなくせにスケジュールを立てるのが大好き。
でも、時間で区切って何時から何時にこれをやるって決めるとほとんど守れない意志の弱い人間。

そこで発想の転換で、逆にこれこれだけのことを1日の間にする、という形に最近変えてみた。

毎日、メモ帳に今日やることを箇条書きにしてダーッと書き出して行く。
大きな用事はもちろん家事でも読書でも、勉強の細かい内容も、ポストに入れる葉書のことやビデオ見ながら体操することまで(笑)。

そうすると不思議と時間のプレッシャーがなくなるのでやらなきゃならないけど今すぐこれをするのはタルイ~!というのがなくなる。→その時々にまずできそうなことから取りかかりそれが終わるとメモ帳のその項目を消す。→1つ消えると気分がよくなり、次に出来そうなものを探してやり始める・・・・。という具合。

もちろん全部できないことが多いけれど、寝る前にメモ帳の消えた項目を見ると、ああ今日も割りと頑張ったじゃん、なんて思えて非常に気分よく1日を終えられる。

これもいつまで続くかわからないけど、とりあえずちょっと頑張ってみよう。
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